秀808の平凡日誌

第2話 日常

第2話 日常

 それから数日間、クロウは父の病室に行ったあとルーナと話をした。

 ルーナは毎日通院しているわけではないらしく、待っていても来ない日もあった。

 そしてその日もクロウはルーナと話をした。

「…でさ、そいつがまた余計なことするもんだから、ウルフに尻を噛まれてやがんの」

「あはは、そうなんですか」

 少し前に知り合った関係とは思えないほどの2人の笑い声がロビーに響く。

 会ったばかりの頃は2人とも何を話して良いのか解らず沈黙が続いた。

 しかしクロウが少し口を開くと、その口から出る言葉はとめどなく流れ続ける。

「ったく笑っちまうよな」

 その日あったこと、昔あったことをクロウが面白おかしく話す。

 するとルーナはその話に耳を傾け、時々相槌と笑い声で反応を示してくれた。 話は狩りのことばかりだが他に話すことがあるわけでもなく、クロウはただただ思いつくままを口にしていく。

「ふふふっ。そうですね」

 嫌な顔をひとつせず、笑いながら自分の話を聞くルーナにクロウは少し安堵していた。

「なぁ…その…もしよかったら明日一緒に狩りに行かないか?」

 唐突に、クロウは少し恥ずかしそうな顔をしてルーナに言った。

「え…私とですか?」

 突然の事にルーナは少し戸惑っていた。

「その…いやならいいんだ。病気のこともあるし…」

「あ…うぅん…そんなことないです。ただ人に誘われたの初めてだから…」

 クロウはその言葉に、これまでのルーナの生活を僅かに思い浮かべることが出来た。

 ルーナ自信に病気の話を詳しく聞いたことはないが、それでも昔から病気をしていたということだけは解る。

(…ルーナの奴…あんまり友達とかもいなさそうだしな…)

 クロウがその場で黙り込んでしまうと、ルーナが困惑した表情で口を開く。

「クロウさん? どうしました、黙っちゃって…私、何か変なこと言っちゃいましたか?」

 自分の言った言葉に非があったのではないかと、ルーナは沈んだ表情をしていた。

「ぇあ? あぁ、別に…ただルーナって変わってるなーって思ってさ」

 するとクロウはルーナに顔を近づけ、冗談交じりに笑いながらそう一言口にする。

 そうなんだ、と話をはぐらかす事も考えたが、それは逆にルーナをへこませてしまうかと思った。

 だからクロウは、わざと冗談交じりで思ったままを口にする。

「ぅっ…それは、言わないで下さいよ…」

 その言葉にルーナは少しだけ沈んだような表情をしていたが、顔つきと言葉は僅かに笑っているようだった。

 そして待ち合わせ場所と時間を決めた。

「それじゃ、また明日な」「あ…はい…また明日」

「おう」

 小さなルーナの声に対して、クロウは大きな声で返事を返しながらロビーを後にした。


新しい…当たり前の日常だと思ってた。

親父の見舞いのついでに、ルーナと話す…

ルーナと一緒に狩りに行く…

たとえ親父が退院したとしても、変わらないことだと思ってた。

楽しかった…理由なんて解らない。

ただルーナと過ごす時間は楽しくて、

たとえ同じことの繰り返しでも苦痛ではなかった。

それがどんなに僅かな時間であっても…

ありきたりの日常会話を交わすだけなのに、それだけでも楽しかった。

だからそれが、ずっと続くと思ってた…

そう…これからもずっと…




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